【方便】
【知らずに使っている仏教用語・方便】
実は日常の中で多く使われる仏教から由来した言葉たち。
「この言葉も?!」というものも多くありますので少しずつご紹介できればと思っております。
本日の言葉は【方便】
方便とは、仏が我々を悟りに導くための巧みで優れた手段を表します。私たちが普段使うときには「嘘も方便」というように、目的のために手段を選ばないというニュアンスがありますが、それは本来の意味とは少し違います。
お釈迦様は、その教えを聞く人、一人一人の能力や性質が違っていることから、それぞれに理解できるように教えを説かれました。
さとりへと導くための巧みな手段をお釈迦様が使われたお話を紹介します。
ゴータミーという幼い一人息子を亡くした母親が、お釈迦様に「息子を生き返らせて欲しい」と嘆願しました。
息子の死を受け入れられない母親にお釈迦様はこのように伝えます。
「一人も死人が出たことのない家から白いケシの実をもらっておいで」
町中の家々を尋ねたゴータミーは、「白いケシならどの家にもあるけれど、死人が出たことがない家はない。自分の息子だけではない、あらゆる人々が死を避けては通れない。」、このような気づきを得ます。
お釈迦様のもとに戻ったゴータミーは息子を弔い、その後立派な尼僧となったそうです。
この話からもわかるように、お釈迦様は、聞く耳を持たない者に対して真実を直接的につたえるのではなく、具体的な行動により気づきをあたえ真理へと導く巧みな方便を使われました。
「嘘も方便」も、真実に向かわせるという本来の手段として使われる場合には、必要なのかもしれませんね。
