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琉球散歩

八月葉月合同供養法要・祥月命日法要

【琉球識名院・八月葉月合同供養法要・祥月命日法要】

蝉の声も少なくなり、季節の変化を感じる時期になって
参りましたが皆様、いかがお過ごしでしょうか。

去る8月20日に定期法要を執り行いましたのでご報告です。



今回はお子様連れでご参加いただいた方も多く、
法話や三線を一緒に触れ合っていただけてとても嬉しく思いました。





八月葉月合同供養法要・祥月命日法要。



月命日としての法要のあと
琉球古典音楽安冨祖流・長濵健佳氏をお迎えして
献奏していただきました。



演奏会の後は、
二木副住職より、ご法話を頂きました。



法話:蓮の葉を すべる露ほどの 生涯や

山門入り口に掲示している八月の言葉について
お話していただきました。





今月の言葉は句仏上人という方が詠んだ俳句です。
この方は京都にございます東本願寺第二十三代法主であり、
生涯約2万句を遺された方なんだそうです。

この句では、「葉の上を滑り落ちる露のように人生はあっという間、限りがある、いつかは死ぬ。
だからこそ、自分がどう生きるか、生きたいかを考えましょう」
ということを句仏上人は仰りたかったのではないでしょうか。

「露」をはかないものの例えとして俳句を詠んでいるのは、天下人であった豊臣秀吉も同じでした。
秀吉公は辞世の句として「露と落ち 露と消えにし我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢」と遺しています。

「人生は露のように儚い、大阪での天下人としての日々も一晩の夢、儚い夢のようだった。」
天下人であった秀吉公ですらこのように思うのですから、人生というのはいっときのものなのでしょう。

しかし先の見えない中それぞれの志を胸に、決断を重ねて必死に生きている人からしたらその時間は大変長く感じるものではあります。
後から振り返った時に「あっという間」だったと感じるものなのだと思います。

人としての生涯を全うして仏様となっておられるご先祖さまも、ご自身の志に沿った人生を露が落ちるその時まで
悔いなく送って欲しいと願っているのではないでしょうか。

成仏していただくというのは、この世に救いがないということではなく、最後にいきつくのは成仏という救いだから、
限りある人生今は思いっきり生きてみなさいという阿弥陀如来様、ご先祖さまからの叱咤激励でもあるのではないでしょうか。

と、ご法話頂きました。





本法要は、毎月第三日曜日の11時からどなたでも参加いただけます。
日曜日のお昼前に、法話や三線の生演奏を是非聞きにいらしてください。
それでは今日も豊かな1日をお過ごしください♪

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無量寿山 光明寺沖縄別院 琉球識名院 
電話098‐917‐0023(受付10時~17時)
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